20251229

「感情」は「言葉」というものに直結することができない。

ということをまざまざと知ったこの数年の下、
崩れてしまった一切を立て直す為に、
まずは人間としての当たり前の行動を呼び戻す日々を始めた約3年前。

ある意味上述の内容を放棄できて安堵していたりもしていましたが、
来年2026年の1月より、3年ぶりのエキシビジョンを開催させていただくこととなり、
表現する仕事をまた復帰することになりました。

作品を作り出すまでの経緯やステイトメントを作るにあたり、
言葉を捻り出すことがこれまでよりとても難しく感じたり。
自分では出来ていたこと、出来て当たり前だったこと、
出来なきゃ生きていけないと信じ込んでしまったもの、などなど。

今現在の私は全てが出来なくなってしまっています。

ただひとつだけ、それらはそもそも
「出来なくてよかったこと」であり、
四散した鎧ももう組み立てることもできないし、
もう要らないってことはわかりました。

その渦中で制作した「nunki」という作品群は私にとっても転機の作品となりました。

起きて動いて食べて眠って。
人間はそれを継続して全うするものだと思います。
それらを全うすることで生きる喜びを感じられるはずなのに、
行動にあぐらをかいては宙に浮いてしまって。感情や妄想の暴走が止まらない。

まあ、人間にはよくある事象で、そこに向き合っても逃げてしまっても、
誰かはもちろん、自分自身だって気づかない。
まやかすことなんていくらでもできる。

根こそぎ抜けてしまった樹木なのに、
枝葉にはいろんな余計なものがまとわりついて、いつ倒れて無くなってしまうのか。
もうそれは時間の問題で、
何なら倒れてしまわないことが不思議なくらいで。
自分自身の状態が把握できていない人間が、何かを表現したところで、それは単なる物象でしかない。

「もう絶対に無理」と思って頑として動かなかった気持ちも、
全く起動すらしていないと思っていた歯車同士が実はほんのちょっとずつ日々動いていて、
あともう少しでガチャンとハマり出し、ゆっくりゆっくり動く様が頭から降りてき出した、それに気づいた今年の夏頃。

目の前の庭にも、昨日とは違う植物が育ってることにも気づき始めました。

表現をする仕事、というかそれに付随していた様々な物事に、
心と体の底から疲れてしまって、倒れてしまった時は、本当に辞めようと思っていましたが、

諦めずに「自分のペースでいいから」とお仕事をくださった皆様、
こうしてまた、今の自分で最新作品を作り出せたこと、
そして発表できる場所を提供してくださるスタッフの皆様が存在すること、に心より感謝しています。
ありがとうございます。

その反面、お仕事をお断りしてしまった皆様、
全然返信も出来ないのにメッセージをくださった方々、
適応がうまく出来ずにご迷惑をおかけしてしまった方にはお詫びを申し上げます。申し訳ございませんでした。
調子こいてるように見えてたら本当にごめんなさい。こける調子も無くしてました。
誤解を与えていたのか、攻撃的なメールもいただいていたので、
このメッセージを作るきっかけにもなりました。

正直、人とコミュニケーションするエネルギーは、大切に使いたいので、今後も前のようには戻るつもりはありません。
相手が勝手に描いてしまった私という人間に、「私」という時間を搾取されることはもう、断固として許容することはありません。
それが血のつながりがある人間だとしても。

この言葉を紡いで人前に出すことも、
これが正解なのか、自分の気持ちに正直なのか、こんなにも時間がかかってしまうのか、と焦燥もしていましたが、
揺り戻されたくありません。
今の私の気持ちはこんな感じなので、それが答えです。
そして、言葉は感情に直結しません。それでも伝える必要性があると感じで記しているのは、
まだ私が生きているからなんだと思います。

私は作品は作りたいと思っているのですが、
それに応じて私生活が脅かされるのであればその一切を閉じてもいいと思っています。
一番大事なのは、命と、命を司る精神です。

よいお年をお迎えください。

2025年12月29日
田代敏朗