誰が描いたこの輪郭

今年の6月から突如として私は、独自のワークショップを始めた。
「ふと思い立って」
もしくはその「ふと」よりも前に起きていたのかもしれない。
衝動のようにその行為が始まったような気がしている。

山の麓にアトリエを移して4年が過ぎた。
移住する前、私は10年程東京に住んでいた。
5年前に今のパートナーと出会い、そのパートナーがここ、八ヶ岳の麓に住んでいた。
その理由だけで私は、これまで全く縁もゆかりもないこの場所に引っ越してきたのだ。
ある意味「0」からスタートした私は、これまでに回避していた何かと向き合う予感を感じていた。
これから記す「得体の知れない誰か」を探す旅は、きっとそのあたりから始まっていたのだと思う。

私は身の回りに「物」が散乱しているのが嫌いだ。
洋服も下着も靴下も10着以上持ったことは、この近年ない。
靴やカバンなどは片手で数えるほどもないと思う。それでもまだ多い、とさえ思ってしまう。
もちろん、今の状態が昔からだったとは言い切れない。
20代の頃など、身の丈に合わないブランドのものや、本当に必要なのかを吟味もせず、何かを埋めるように買い漁っては、封もあけずにあたりに置いておいた時期も長く存在した。
おそらくその反動なのであろう。
そんな自分が嫌いだった為、全く対極の行為をすることによって、私は私自身を好きになろうと努めているのかもしれない。

壁にもほとんど何も飾らない。
本の形も同じ形で順に揃えたりするのが心地よい。
全てにおいて、一定数を超えると捨ててしまいたくなる。
ここに引っ越してきたのも、これまでの過去や人、そして自分の想いさえも
なにかの一定に達したから、なのかもしれない。

パートナー以外、知っている人は誰もいなかった。
そして、誰かと知り合いになりたいとも思っていなかった。
私はその人と暮らし、自分のバランスさえ保てればそれでよかった。
今もそう思うし、それが続いていけばいい、と心の底から思っている。

ただ。

私は、絵を描く人間だ。物づくりをして生きている人間である。
今のところ、それで生きている。
前述の私の性格上、その「絵を描く人間」という状態が、
たまに私に強く抗ってくるのだ。

絵は「物」である。
「絵」を描く行為とは、本来見えない何かしらの形態や状態を(見えていると意識しているものも含め)
画面上に可視化して、落とし込むという作業である。
それを表現ともいう。 その表現をした「物」である。

加えて言うと、絵は命を持った「物」だ。
そこが 「絵を描く人間」 という私に責任を迫るのだ。
むやみやたらに生むものではない、そして私は物が増えるのが嫌いだ。
双方の折衷案を見出そうと、私と私でいつも向かい合わせるのだ。
その行為は、時にバランスを崩し、まったく関係のないことさえも壊そうとする。
私は、もうひとりの「私」といつも話をしている。
「物が嫌いな私」と、もうひとりは何と呼べばいいのか。
果たして誰なのか。誰が描いた輪郭なのか。

私は、15歳の頃から、美術教育を専門的に学び、技術もある程度のレベルまで習得した。
20代の頃こそ、生業にするために対外的な世の中に随分と挑戦していたのだが、
その力を抜いた途端、仕事として性質を帯びることも増えていった。
絵を描くことは魔法なのか、とよく思うが、
本当に自分の意志だけでは如何ようにも理解しない現象が起こったりもする。

4年間ほど、マネージメントが付いていた時期があった。
私以外の評価、対外的な評価が驚くほど上がったような意識になったのもその頃だ。
大手の企業との仕事も増え、展示する回数も格段に増えた。
これまでに表現したかったことも実現しやすくなり、行きたい場所にも行けるようになった。
他者からの嫉妬も感じた。
側面ばかり見ていく人、作品ではなくバックボーンだけを聞いてくる人、ずっと仲良くしていたのに離れていく友人もいた。
しかし、その数倍、たくさんの出会いがあった。
どんな状態でも全く変わらずにそばにいてくれる友人の存在も感じた。
いかなる状況であっても、私は当時のビジネスパートナーと同じ船に乗ったことを共有し、
どんな言葉にも耳を傾けた。沈むなら、私のせいだとさえ覚悟していた。
チームとして支えてくれるスタッフたちのためにも、ビジネスとして成功させたかった。
私は、その4年間に抱いたすべての感情に感謝している。
この4年間がなければ今の私はないと思ってる。

ただ、この期間にアウトプットしたものがあまりに多く、自分自身の中だけであるが、
収拾がつかないほど、「物」が増えてしまった気がしていた。
私が思う「私」と距離ができたような気になり、その私が「私」を凌駕しているようにもなっていた。
その時期の後半はずっと、整理整頓がしたいと思っていた。
このままだと、表現の源すら泉から無くなるのでないかと、生まれて初めて不安になった。
即ち、「私」か「私」のどちらかが死ぬような気がしていた。
そして私が死に、それを殺すのも私だと予見していた。

去年の春に独立した。
これまでに培ったすべてをひとつのフォルダにして、
私は胸に強く刻み、また新しくなった。

持ち物を増やすことが嫌いな私はさっそく、整理整頓を始めた。
物理的なことを含め、精神的にインプットを始めるべく、
去年はほとんど制作もせず、休むことに焦ることをやめた。
ただひたすら、存在していることにフォーカスをした。

私は展示するごとにコンセプトや画風が変わる。
それ自体がコンプレックスでもあったのだが、まずそこを克服しようと努めた。
そもそもどうしてそうなってしまうのか、避けていた苦しみに対して、真っ向からぶつかることを選んだ。

自分のこれまでの作品を改めて整理し、ウェブサイトにまとめ、ひとつひとつ考察をした。
ありとあらゆる側面から本を選び、熟読した。
臨床的意義、セラピー、疾患、障害、さまざまな哲学、
ありとあらゆるジャンルの小説、これまでの美術の歴史。
科学的な面や、ビジネスにおいての錬金術などの側面からも。
そもそも本を読むのは好きなのだが、この時期に読む本は水のように私に染み渡っていった。
展示ごとに「私」と「私」が入れ替わっていることにも気が付いた。
もちろん、私同士がクロスオーバーしているものもあれば、
いずれかの「私」だけで展開していることもあった。

さまざまな説を拝読しているうちに、独自のイメージが膨らんでいく。
とうとう、私はもうひとりの「私」の存在を発見した。

「表現者」というもの。いわゆる「素質」「本質」「そもそも授かっているもの」。
物が嫌いな私が「技術や知識、平衡感覚を持った私」=「常識人」であるならば、
前者が後者の私の体を使って、私に表現をさせているということ。
ときにその逆もあるのだが、結果として後者のテクニックにより、前者の思惑通りの可視化は実現出来兼ねるということ。
なにものにも例えがたい無二の「物」の源は、確実に前者がカギを握っているということ。

そして更に、とてつもなく重要なことも予想できたのだ。
その「表現者」である「私」が存在しているのは、「私」だけではなく、
全ての人間の中に存在しているということ。
とある年齢と同時にフォルダ化され、徐々に薄れていき、ついにはゴミ箱に入れてあることさえも
気づいていないかもしれない。あるいはある概念に上書きされている可能性が高いということ。
ある概念のフォルダー名は「教育や常識」などが一般的かもしれない。
仮に「表現者」というフォルダの名前が大枠でつけられていても、それをクリックすることにより、更に深いフォルダが出現する仕組みだ。

ひとつとして同じものが存在しない、その「表現者」というフォルダが
私以外のすべての人にも眠っている(あるいは殺している、最初から無いものとみなしている)
その存在のありかを、私は一緒に探したいと思いついたのだ。
どんな人の中にもそのフォルダは今も呼吸をしている。

私は表現者でありたいと思っている。この生涯を終えるまで、叶うのであればそうでいたい。
自分以外の人がいくら否定しても、私がそう思うことだけで、それはきっと確立できると信じている。
そしてそれは私だけのものではないと確信している。
それぞれが「表現者」だということを私は伝えたい。
それは全ての問題さえ解決できるのではないか、と思う。

今年の6月から突如として私は、独自のワークショップを始めた。
ほんとに「ふと思い立って」
もしくはその「ふと」よりも前に起きていたのかもしれない。
衝動のようにその行為が始まったような気がしている。
たった1ヶ月しか経過していないが、それぞれの「表現者」の出現を、
様々な作業で掘り起こしていくという私が構築したプログラムに、100人以上の方に取り組んでいただいた。
それぞれの「表現者」に出会えたことに、私は心より感謝している。

私は、続けたいと思っている。
そしてその内容は、私のこれからの新しい「表現」なのかもしれない、とさえ感じている。


私は身の回りに「物」が散乱しているのが嫌いだ。
洋服も下着も靴下も10着以上持ったことは、この近年ない。
靴やカバンなどは 片手で数えるほどもないと思う。それでもまだ多い、とさえ思ってしまう。

ただし、「私」と「私」の存在の関係性を知ってしまった以上、そんな状態の私でも愛せる自信につながっている。
私を抑えつけているものは私であって、あなたを抑えつけているのはあなたなのかもしれない。
どのような状態でも否定しなくていいのだ。
「あなた」が「あなた」を知っていれば。

「知る」ことで、全てはそれぞれの輪郭を愛せるようになると、私は信じている。
そして、表現者は、とてつもなく無垢で、強くて、美しい。
双方のフォルダはお互いの位置を把握するだけで、あなたの人生に凄まじい化学反応を起こすことだろう。

TOSHIAKI TASHIRO WORK SHOP

田代敏朗
2019年6月末