精神の地層

暗闇の部屋の中での目覚めは、視覚だけではすぐに判断はつかない。
ぱちぱちと目をしばかせて、閉じている瞼の暗闇なのか、
外のそれなのか、音で確かめて気づくことがある。
しんとした暗闇で、朝を感じる。

まるで、大きな箱から黙々とあふれ出す霧のようなものに、
体が包み込まれて消えてしまいそうな気になる。
小さな頃から、そんな不安に似たようなものを感じる時は、
なんだか決まって冬が近づくときだった。
毛布が暖かくて、ぐるぐる巻きついて、兄とじゃれあっていた、
そんな記憶が冬の輪郭を作る。

小さな部屋で凍えた体には足があって、
それで階段を下りれば、
あたたかい家族が待っている大きな部屋があり、
美味しい食事があった。

当たり前じゃなかったんだというのは、
その環境から、その同じ足でドアを開けたからだった。

霧なんて気のせい、大きな箱なんてあるわけない、
大きな得体の知れないそれは、
僕が生まれついた、家族という、
太陽のようなものが、
消してくれていたわけでもないのだった。

勿論作られたわけでもなかった。
僕がそう思っていただけだった。
ほんとうに霧のようなものだった。

黄色がないその信号に、劣等の烙印を落としていた。
勝手に何かと比較をしていた。
信号さえも、ほんとうは無かった。

めまぐるしい起伏の波、
巻き起こしているのは他でもない、
どこにもない、その己が作り出した、
精神の地層。

絶望の海に投げ出されて、勝手に救助を求めていた。
助けられたのは、そこが海ではなかったから。
望みも持たない人間は過去でも未来でも泳げない。

絶望なんて、無い。

何かを予兆して、予防線を張ることが当たり前だと思っていた。
違和感を感じても、躊躇をしていたふりをしていた。
舞台は、くるりと反転して、地平線の上を舞い踊る。
幾多の時間は、ここに到着するために存在していたんだ。
苦悩と書かれてたはずの名札を確認してみる。
そんなことなど書かれていない。

置いてかないで・放っておいて
ひとりにしないで・ひとりにして

支柱の高いシーソーは、
ぎっこんばったんと空に鋭角のラインを残して、
感情の抑揚でスピードが増す仕組みだ。
改めて見直すと、
その名札には、杞憂と書いてあった。
私がそのまま飛んでしまわないように、
シーソーには誰かがベルトを付けてくれていた。

装置(または私)

冬のベンチで一緒に座るあの小さな子。
この体の、頭の、少し上で、ドアを開ける、あの子。
屈託のない、完全な透明で無垢なその子が、装置に筆を握れとせがむ。
ただただ装置は、その子のために、綺麗でいたいと、日々掃除に励む。
その子は今にしか記憶がないから、
すぐ光になってしまって見えなくなってしまうのだよ。

体のなかで、ずっと鳴る音。
音を見たい。
フェイクなプレパラートや、
誰かが持ってる流行のオペラグラスでは見れない。
その夢を筆でまさぐる。

2013/11/27